【ネタバレ】「かぐや姫の物語」が描いた姫の犯した罪と罰とは何か
koubou_nakamura
2017/05/18
2015/09/26 更新
昔話の代表作であるかぐや姫の物語は、今も色あせることなくCMで活躍しています。見目麗しい女性の代名詞でもあるかぐや姫にはどんな感想を持ちますか?殿方に難題を押し付けるのは何故?なんて感想もありますね。嫁ぐことを嫌い月からの訪問者は月へ帰る運命だったのでしょう。
オシャレに彩りを
かぐや姫の物語展示、国立新美術館
アニメーションかぐや姫が放映されたのは2014年の事でした。かぐや姫を愛してやまない太田光さんは、この映画のプロデューサーと公開会議を行いました。太田さんの独特の感想が聞かれたようです。毒舌と感想は見ものだったことでしょうね。
今は昔で始まる今昔物語に出てくる竹取物語は、今ではすっかりかぐや姫と名前を変えて、定着しています。子供のころ童話絵本で見たことがあるでしょう。そして、感想文などを書いたことがあるのではないでしょうか。美しいかぐや姫に女の子は大いに憧れを抱き、その感想も美への憧れが多かったことでしょう。かぐや姫と貴公子たちの丁々発止が見ものだったとの感想を抱いた方もいらっしゃるでしょうね。
むかし、いつの頃でありましたか、竹取りの翁といふ人がありました。ほんとうの名は讃岐の造麻呂といふのでしたが、毎日のように野山の竹藪にはひつて、竹を切り取つて、いろ/\の物を造り、それを商ふことにしてゐましたので、俗に竹取りの翁といふ名で通つてゐました。ある日、いつものように竹藪に入り込んで見ますと、一本妙に光る竹の幹がありました。不思議に思つて近寄つて、そっと切つて見ると、その切つた筒の中に高さ三寸ばかりの美しい女の子がゐました。いつも見慣れてゐる藪の竹の中にゐる人ですから、きっと、天が我が子として與へてくれたものであらうと考へて、その子を手の上に載せて持ち歸り、妻のお婆さんに渡して、よく育てるようにいひつけました。お婆さんもこの子の大そう美しいのを喜んで、籠の中に入れて大切に育てました。
このことがあつてからも、翁はやはり竹を取つて、その日/\を送つてゐましたが、奇妙なことには、多くの竹を切るうちに節と節との間に、黄金がはひつてゐる竹を見つけることが度々ありました。それで翁の家は次第に裕福になりました。
ところで、竹の中から出た子は、育て方がよかつたと見えて、ずん/\大きくなつて、三月ばかりたつうちに一人前の人になりました。そこで少女にふさはしい髮飾りや衣裳をさせましたが、大事の子ですから、家の奧にかこつて外へは少しも出さずに、いよ/\心を入れて養ひました。大きくなるにしたがつて少女の顏かたちはます/\麗しくなり、とてもこの世界にないくらゐなばかりか、家の中が隅から隅まで光り輝きました。翁にはこの子を見るのが何よりの藥で、また何よりの慰みでした。その間に相變らず竹を取つては、黄金を手に入れましたので、遂には大した身代になつて、家屋敷も大きく構へ、召し使ひなどもたくさん置いて、世間からも敬はれるようになりました。さて、これまでつい少女の名をつけることを忘れてゐましたが、もう大きくなつて名のないのも變だと氣づいて、いゝ名づけ親を頼んで名をつけて貰ひました。その名は嫋竹の赫映姫といふのでした。その頃の習慣にしたがつて、三日の間、大宴會を開いて、近所の人たちや、その他、多くの男女をよんで祝ひました。
この美しい少女の評判が高くなつたので、世間の男たちは妻に貰ひたい、又見るだけでも見ておきたいと思つて、家の近くに來て、すき間のようなところから覗かうとしましたが、どうしても姿を見ることが出來ません。せめて家の人に逢つて、ものをいはうとしても、それさへ取り合つてくれぬ始末で、人々はいよ/\氣を揉んで騷ぐのでした。そのうちで、夜も晝もぶっ通しに家の側を離れずに、どうにかして赫映姫に逢つて志を見せようと思ふ熱心家が五人ありました。みな位の高い身分の尊い方で、一人は石造皇子、一人は車持皇子、一人は右大臣阿倍御主人、一人は大納言大伴御行、一人は中納言石上麻呂でありました…
このような展開でかぐや姫の物語のお話は進んでゆきます。で、結局かぐや姫は月の世界へ帰ってしまいます。殿方はさぞかし残念に思ったことでしょう。かぐや姫が出した難問によって幾人もの貴公子が命を落としました。これがかぐや姫の物語が罪だとする感想も聞かれます。かぐや姫の物語が背負った罪と罰とはなんだったのでしょうか。
青い星地球
かぐや姫は月の王の娘、決して歳をとることのない月に暮していたが、羽衣伝説でおなじみの天女の話を聞くうちに、地球に憧れてしまったので。汚れた地球は降りてゆくには相当の覚悟が必要だったことでしょう。
竹取物語の原文には、かぐや姫は月で罪を犯してしまったので、穢れた地球へおろされた、ということが書かれています。映画かぐや姫で描かれた「かぐや姫の罪と罰」は原作にも記されていたのです。安住の地である月を離れ、俗界である地球へ行かねばならなかったかぐや姫の罪とはいったいなんだったのでしょうか?気になりますね。
かぐや姫の物語
高畑監督が描いた「かぐや姫の物語」は、原作に忠実につくられ、映画のキャッチコピーにもなっている、「かぐや姫の罪と罰」がそのメインテーマになっています。かぐや姫が犯した罪とは、「虫や鳥や動物たちのように生きる」ということに憧れたからだとされています。現在の考え方からすると、それはとても奇妙な罪であると言わざるを得ません。
生命の営みに憧れることなどが、罪なるなど現代を生きる我々には考えもつかないとの感想を抱きます。かぐや姫の罪は、いわば「原罪」とも呼ぶべき種類のもので、古い考えに固執して生きる当時の人々の中で、かぐや姫だけは、現在に通じる考えを持っていた、というのが高畑版かぐや姫です。一方竹取物語の中では、かぐや姫の心情や感想などはあまり書かれていません。5人の求婚者を断るために使われたのは、「かぐや姫は月の住人だから」ということでした。
映画、「かぐや姫の物語」は現代に通じる考えを持った人間が、過去において活躍するというストーリー展開で、自衛隊が戦国時代にタイムスリップする、という映画にも相通じるものがあります。こういう映画を見た人の感想は様々だと思いますが、実際にはありえない事柄を描くことが出来るのが映像の良いところだと思います。ですから、鑑賞した人たちは「ああいうことも起こり得るのだ」という感想を抱きながら、今いるところが現在でよかった、というより切実な感想を持つに至るのです。そして、ごく普通の社会人として生きることの有難味を再認識することでしょう。
かぐや姫の物語 月宮迎
かぐや姫の物語延々と語り継がれたきた背景には、人間世界とは別の世界がある、と人々に思わせたことが因子として考えられます。日々の暮らしに事欠く一般庶民に、手の届かないところに香しく美しいものが存在し、常にお前たちを見ている、そこは不老不死の国で、おまえたちも勲功を積めばそこへ登れると啓蒙する意味があったからだと考えます。
さて、かぐや姫にはモデルがいたのでしょうか?一説(古事記)には、垂仁天皇の妃と書かれている、大筒木垂根王の娘「迦具夜比売命」だと言われています。父親の名前にある、筒木とはその形状から中が空洞の竹と置き換えることが出来ます。ですから、竹取の翁にふさわしいと言われています。「迦具夜比売命」は後に垂仁天皇の妃になったと推察されます。
しかし、これはあくまでも単なるこじつけですから、もしかしたら、真相はほかにあるのかもしれません。一個人の感想だととらえていただければと思います。
竹取物語には壬申の乱で活躍した実在の人物が登場していると言われています。先ほどかぐや姫のモデルについて書きましたが、ここでは5人の貴公子のモデルをあげてみます。5人の内、阿倍御主人、大伴御行、石上麻呂は実在の人物です。
また、車持皇子は藤原不比等とされ、不比等は天智天皇のご落胤とのうわさがあります。生みの母の姓が「車持」であるため車持皇子と称されたとのことのようです。
石作皇子のモデルは多治比嶋と推定されています。また、多治比嶋が宣化天皇の四世孫に当たり、「石作」氏と同族だったため、石作皇子としょうしたのです。
「竹取物語」の作者は誰だろう?との疑問がわきます。近年の研究では、作者は紀貴之だとする説が有力視されています。文才があって、物語の時代とも合致し、藤原氏に恨みをもっていることから有力視されているのです。紀氏は応天門の変(貞観8年・866年)によって、平安時代初期に頭角を現した藤原氏の謀略で失脚しました。それ以降政界から遠ざかり、文人への道を進んだとされているので、藤原氏に恨みを持つものが作者だとの研究にも当てはまるのです。
かぐや姫の物語
自然のままに生きるかぐや姫、それが罪だと言うなら天界などに住みたくない、そんな現代的な気質を持ったかぐや姫の物語はとても新鮮でした。
「竹取物語」の由来の地はどこでしょうか?
竹取の翁は「讃岐の造」と呼ばれていたので、かぐや姫の由来の地は大和国の広瀬郡散吉(さぬき)卿、(現在の奈良県北葛城郡広陵町三吉)だと言われています。また、かぐや姫に求婚した5人の貴族が住んでいたとされている、藤原京から近く、通える距離なのです。更に、「竹取物語ゆかりの神社」とされる讃岐神社も鎮座しています。
竹から生まれたかぐや姫と竹取の翁 これこそかぐや姫の物語
長い年月をかけて、広く親しまれてきた「かぐや姫」のお話には、色々裏話もささやかれていますが、子供のころ読んだ、童話としての「かぐや姫」が一番よく胸に落ちます。時の政権に対する恨みが籠っている、などと言われるとかぐや姫の麗しさも雲散霧消してしまいます。良い感想も悪しき感想になってしまいます。
「竹取物語」に似たお話は外国にもあるのでしょうか?
お隣の中国四川省のアバ・チベット族に伝わる「斑竹姑娘」(はんちくこしょう)というお話があります。そのお話は、竹の中から生まれた少女が、領主の息子たちから求婚を迫られたが、無理難題を押し付けてすべて退けてしまう、という内容です。そしてその後、思いを寄せていた男と結ばれるのです。
このお話の中に出てくる、求婚話の宝物の数や、内容そして男性側とのやりとりや結末などが非常に似ています。
東洋史が専門の伊藤清司は、元のお話が日本とアバ・チベット族に別々に伝わって、「竹取物語」と「斑竹姑娘」になったとしています。
一方、日本古代文学が専門の益田克実は反論しています。
最近の研究では、国文学の奥津春雄は、「斑竹姑娘」の方が「竹取物語」の翻案であると言っています。
諸説あって、「竹取物語」の実像は今のところ霧の中にある状態にあります。いずれ研究が進めば、もっと新しい事実が出てくるかもしれませんね。
アバ・チベット族の「斑竹姑娘」をモデルにしたのが、プッチーニ最後のオペラ「トゥーランドット」でしょうか、という感想と疑問を持ちました。かのオペラは、紫禁城が舞台で、お城に住んでいるトゥーランドット姫は心の冷たい女性で、旅人が通りかかると、難問を押し付けそれに答えられないと殺してしまう、という非道な行いをしていました。あるとき、国を追われた国王一行がやってきました。国王の息子カラフは、姫の美しさに惚れて、姫に求婚します。姫は、三つの問題に答えられたらあなたの妻になりましょう、と言います。そしてカラフは見事に三つの問題を解きます。怒り狂った姫は、国王一行を捉えて殺そうとします。そこで、カラフは「私の名前を当ててください。そしたらあなたを諦めましょう」と言います。その夜半に歌われるのが、荒川静香さんが曲に使った、誰も寝てはならぬ、です。
長々書きましたが、言いたかったことはこうです。
女が難問をだし、それに男が答えるというシチュエーションが似ているとの感想を持ちました。プッチーニは中国の昔話を知っていたのですね。かぐや姫からひろがるお話の輪、実に愉快ではありませんか。
かぐや姫 オリジナルアルバムジャケット
こちらは歌うかぐや姫、まだ初々しさが残る3人組です。数々のヒット曲を世に送り出し、今もなお色あせない名曲の数々は、我々の心に残っています。
「神田川」「赤ちょうちん」「妹」「なごり雪」を生んだスーパー・グループ かぐや姫(南こうせつ、山田パンダ、伊勢正三)。名曲の数々が収められた、青春フォークの決定盤!
どうですか、懐かしい曲ばかりです。彼らがなぜグループの名前を「かぐや姫」にしたのか知りませんが、今は思い出に残るグループ名です。フォーク全盛時代の先駆けとしての彼らの活躍はご存じのとおりです。
かぐや姫の歌を聞きながら、中秋の名月を眺めて、かぐや姫に思いをはせてみませんか
かぐや姫の物語伝説由来の地
かぐや姫の縁の地では、毎年かぐや姫祭りが開催されています。月が一番美しい9月に行われ、多くの観光客が訪れると言います。地域イベントが目白押しで、模擬店や直売店などが並び、観月会が催されます。
毎年開催しています「広陵かぐや姫まつり」が今年も行われます。町制60周年記念事業となる今回は、昨年に引き続き「打ち上げ花火」を打ち上げます。また、まほろばフルートオーケストラによるフルート演奏や、広陵町町歌を作曲しましたキダ・タロー氏をお招きするなど、町制60周年記念事業にふさわしい「広陵かぐや姫まつり」を開催いたします。皆様お誘い合わせの上、ご参加下さい。 なお、諸事情により、広陵町商工会主催の2日目のビンゴゲームは中止となりました。20日2時からの予定は現在未定となっております。詳細は、広陵町商工会へお問い合わせください。
日 時 9月19日(土)、9月20日(日)
場 所 竹取公園 みんなの広場
中秋の名月ころ、かぐや姫の物語の地とされる広陵町では「かぐや姫まつり」が開催されています。今年は既に終了しましたが来年のために、情報をお知らせしましす。参考にして是非お出かけください。秋の冴え冴えとした空に輝く月を愛でて、「かぐや姫」を偲びましょう。もしかしたら、雲に乗って「かぐや姫」が現れるかもしれません。
かぐや姫の物語 帝
顎ドンができるほど顎がとがっています。天皇家の家系はみな顎が細長かったのでしょうか?細い顎の人は、得てしてかみしめる力が弱いらしいです。えらが張った角ばった顔の方が、意志の力が強く、踏ん張りが効くように思います。帝もなれば、自分で何もする必要がないので、えらが発達しなかったのでしょう。高畑監督の意向がどのようなものだったのかは推測するしかないですが・・・
かぐや姫の物語
かぐや姫の物語、今は昔のことです。人の記憶に残るかぐや姫は、天から下って来た観音様の化身のようだったのかもしれません。雲に乗って現れる観音様の立像は、香しい気品に満ち溢れ、もはやこの世のものではないお姿です。かぐや姫に寄せた人々の思いは、憧れと祈りだったのではないでしょうか。
かぐや姫の物語について見てきました。童話として子供のころ接した方が多いと思います。そして、かぐや姫への仄かな憧れ、見知らぬ世界への興味を持たれたことでしょう。大人になってから見るかぐや姫の物語は、また違った新鮮さをあなた与えてくれたことでしょう。
「竹取物語」(かぐや姫の物語)の作者は誰なのか、かぐや姫が生まれた場所はどこなのか?色々な疑問について見てきました。これが正解というものはありませんが、なにがしか、日常ではないモノに接することが出来たのではないかと思います。筆者の独断と偏見による感想がだいぶまじっていますが、これも一つの見方だと思ってお許しください。
かぐや姫の物語は、いつの時代にあっても人の心を癒してくれることでしょう。
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