【ジブリ映画 かぐや姫の物語】隠れた名作を発見!映画の内容は?
グリ777
2015/12/17
かぐや姫の物語は皆さんご存知の通り竹取物語を原作としたストーリーとなっています。もうほぼ原作の通りの話の展開です。
監督は高畑勲監督で2013年11月23日に映画公開されました。
キャッチコピーは「姫の犯した罪と罰」というなにか意味深いものになっています。
まずは主な登場人物からご紹介します!
原作の竹取物語には出てこないジブリオリジナルキャラクターもいます。
本作の主人公。光るタケノコの中から現れた[注釈 2]ときには、手に乗るほどの大きさの幼い姫の姿であったが、まもなく(その日のうちに)普通の赤子に変じた。翁と媼からは一貫して「姫」と呼ばれる[注釈 3]。約半年あまりで少女[注釈 4]に成長した。その成長ぶりに木地師の子どもたちからは「タケノコ」と呼ばれるようになり、都に行く前には自らも称する場面がある。
本作のオリジナルキャラクター。木地師の子どもたちのリーダー格で、登場時の年齢は絵コンテでは「13歳」と記されている。他の子どもたちや姫からは「捨丸兄ちゃん」と呼ばれる。
捨丸以外に村の子供たちが何人かいますが名前がわからなかったので省かせてもらいました。
かぐや姫に求婚した5人です。
5人の公達の一人。美男子として描かれている。原作とは持参する宝物やエピソード、順番が変えられており、「仏の御石の鉢」を求められたのに対して、レンゲソウの花を持参する。
5人の公達の一人。武人系の貴族として描かれており、翁の屋敷にも牛車ではなく騎馬で赴いている。「龍の首の珠」を求められ、実際に筑紫の海まで取りに出かけたが、手に入れることはできぬまま、嵐と荒波に龍を見て翻弄されるまま脅える醜態を見せる。
5人の公達の一人。年若い貴族として描かれており、翁の屋敷には騎馬で訪れた。「燕の子安貝」を求められ、実際にツバメの巣に近づいて取ろうとしたが落下、腰を強打したことが原因で亡くなる。
かぐや姫のお迎えのシーンです。
以上が主な登場人物です。
ではいまからかぐや姫のストーリーをご紹介します!!
昔、山里に竹を取って暮らす翁と媼がいた。早春のある日、翁は光り輝くタケノコの中から手のひらに収まる大きさの姫を見つけ、自宅へ持ち帰る。姫はその日のうちに人間サイズの赤子の姿へと変わり、翁と媼によって「天からの授かりもの」として育てられる。
姫は、少年・捨丸をはじめとする近くに住む木地師の子どもたちから「タケノコ」と呼ばれ、自然の中で彼らと遊びながら天真爛漫に育つ。子どもたちが口ずさむ自然の営みをたたえる童歌を、幼い頃から姫は知っていたうえに、節と歌詞の異なるもう一つの歌も覚えていた。その歌を歌って姫は目に涙を浮かべるが、その理由は自分でもわからなかった。
一方、光る竹から黄金(金の粒)や豪奢な衣を授かる体験を繰り返した翁は「天が姫を立派に育てよと命じている」と考え、「高貴の姫君に育てて貴公子に見初められることが姫の幸せである」と都に屋敷を建てて、秋に一家で移り住む。
姫は、翁が宮中から招いた女官の相模から「高貴の姫君」としての躾けを受けさせられる。相模の教える習い事の間は、姫は遊んだりふざけたりするばかりだった。しかし、翁などの前などでは相模が驚くほどにきちんと姫君としての作法をこなした。やがて姫は「なよたけのかぐや姫」の名を与えられ、成人儀礼(裳着)と披露目の宴が行われる。だが、酔った宴の客は翁に対し姫を侮辱する暴言を口にした。
それを聞いた姫は屋敷を飛び出し、装束も脱ぎ捨てながら走り続け、肌着一枚の姿で故郷の山の家にたどり着く。そこの集落には木地師たちの姿はなく、出会った炭焼きの男から「木地師は10年はここには戻らない」と聞かされる。冬景色の「山は死んだのではないか」という姫に、男は「木々は我慢しながら春の訪れを待っているのだ」と答える。姫は、雪の中で行き倒れるが、気が付くと元の装束をまとって屋敷に戻っていた。
それ以来、姫はふざけなくなり、相模の教えに従い行儀よく振る舞うようになった。次の春、屋敷の前は姫を、妻などに迎えるという多くの男であふれた。ついには5人の公達(車持皇子・石作皇子・阿部右大臣・大伴大納言・石上中納言)が揃って求婚に訪れる。姫を珍しい宝物に例えて称える公達に対し、姫は自分を思う気持ちの証として、自分と比較された宝物をそれぞれの公達に持参するよう求めた。公達は唖然として引き上げ、相模も結婚を拒んだ姫に教えることはないと屋敷を去る。公達が帰ったのを見て、門前の男たちも姿を消した。これを喜んだ姫は、媼や侍女の女童を伴って花見に出かける。途中素晴らしい桜の木を見つけてその下に向かうが、そこで自分にぶつかった身分の低そうな子どもの家族が、平伏して許しを請い立ち去ったことに衝撃を受け、花見もせずに帰路につく。その途上、物盗りの疑いで追われる捨丸と偶然顔を合わせ、盗みに対する制裁の暴力を受けるのを見て、さらに悲しむのだった。
3年後、宝物を持参したと称する公達が現れたが、贋物であったり、姫の関心を引くために巧言を弄したことが暴かれる。宝物を得るために石上中納言が事故死したことで、姫は自らを責め悲嘆した。だが、御門はかぐや姫に「5人の公達を手玉に取る女」と興味を示し、宮中に招こうとする。命に代えても出仕しないという姫に、御門は忍びで屋敷を訪れ、姫を抱きすくめて連れて行こうとする。その瞬間、姫の姿はかき消える。おどろいた御門が叫ぶ呼びかけで、姫は姿を現し、御門は「次は自分の元に来ると信じている」と御所へと引き上げた。
この出来事以来、姫は月夜には一人で空を見上げるようになった。翁と媼が理由を問うと、姫は「自分が月から地上におろされた者」だと明かし、御門の訪問の時に無意識に月に「ここにいたくない」と助けを求めたため、「今月の15日には月から迎えが来る」と述べる。姫の幸せだけを願ってきたのにという翁に、姫は翁の願った「幸せ」が自分(姫)には辛かったと吐露するが、御門の来訪をきっかけとして自らの出自と地上に来た理由、童歌の意味、月に帰ることを思い出し、このまま月には帰りたくないと泣き伏した。
姫は媼に、月で以前地上から戻ってきた天人[注釈 1]が、「本当に待っているのならすぐにでも帰ってくる」という意味の歌(もう一つの「童歌」)を口ずさみながら涙するのを見た経験を語り、「今ならその天人の気持ちがわかる、自分ももう一度帰りたい」と話す。媼は、姫を他に知られないようにして、姫が拾われた竹藪のある故郷の山に向かわせる。ちょうど時を同じくして、山には成長した捨丸をはじめとする木地師たちが戻ってきたところだった。捨丸と再会した姫は、捨丸となら幸せになれたかもしれないが「もう遅すぎる、逃げられない」と語る。それでも「おまえと逃げたい」という捨丸に姫は喜び、二人は不思議な力で空中を舞い、手をつなぎ、抱きしめあった。だが空に月が現れたとき二人は離ればなれとなり、その逢瀬は捨丸には夢として認識される。捨丸は自らの妻子らのいる木地師たちのもとに戻っていった。
8月15日の満月の夜、武士たちが警備する翁の屋敷に、姫を迎える天人たちの一行が雲に乗って訪れる。天人は守りを固めていた者たちを未知の力で眠らせた。さらに、姫の正気を失わせ、その体を雲の上に招き寄せる。天人に勧められるまま地上の記憶を失う天の羽衣を着ようとしたとき、女童と子どもたちが歌う童歌を聞いて姫は正気を取り戻す。その間に翁と媼は姫のいる雲へと招かれた。
姫は天人に羽衣をまとうことに今少しの猶予を請う。天人(月の王)はそれを黙認し、姫は翁と媼に泣きながら別れを告げた。「月に戻れば心が乱れることもなく地上の穢れも消える」と言う天人の女官の言葉に、姫は「地上は穢れてなどいない」と抗弁するが、姫のすきを見て、羽衣を着せられ、姫は一行とともに去っていく。去りながら、突然気づいたように、地球を振り向いた姫は、地球での生活の記憶を失ったはずであるにもかかわらず、目に涙を浮かべていた。
簡単にあらすじをまとめましたがいかがでしたでしょうか??
今回のジブリ作品のかぐや姫の物語のサブタイトル「姫の犯した罪と罰」ですが罪とはいったいなんだったのでしょうか??
そこを考えながら見直すのも楽しみかたの一つですね!!
このジブリ作品は見終わった後にいろいろと考えさせられる物語でした。
まだご覧になられてない方はぜひご覧ください!
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