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90年代の歌姫、坂井泉水!ほぼメディア出演しなかった本来の性格は?

2007年に死去された坂井泉水さん。
ZARDとして歌手で有名だった坂井泉水さんですが、その性格はあまり知られていません。
次々にヒット曲を飛ばした坂井泉水さんはどんな性格をしていたのか?
当時の周囲が語る、本来の坂井泉水さんの性格について調べてみました。

【この記事は2019/11/18に更新されました。】

永遠の歌姫ZARDの坂井泉水ってどんな女性?

2007年に惜しまれながら死去された坂井泉水
テレビやマスコミへの露出が少なくて、あまり情報がありません。

今回はそんな坂井泉水の性格などをすこし調べてみましょう。

坂井泉水のプロフィール

坂井 泉水 (さかい いずみ)

出生名: 蒲池 幸子(かまち さちこ)
出生: 1967年2月6日  神奈川県平塚市
死没: 2007年5月27日(満40歳没)
活動期間: 1991年 - 2007年
事務所: スターダストプロモーション泉水 (SENSUI)

20代前半までは身長165cmというスタイルを生かしモデルやレースクイーンとして活動していたが、歌手になるという強い希望を持ち続け、1991年2月、音楽グループ「ZARD」のボーカルとして歌手デビューを果たす。

90年代を代表する女性歌手として、多くのヒット曲を生み出した。6thシングル「負けないで」で大ブレイクして以降、メディア露出やライブ活動を全くしなかった。生涯を通し、数回のテレビ、ラジオへの出演以外はほとんどマスメディアに登場せず、ライブも殆ど行わなかった。

2007年5月27日、病院内のスロープから3メートル下に転落し脳挫傷で急逝する。40歳没。

1990年代に大ブレイクしたZARD 坂井泉水!

1990年代の女性歌手の代表格と言ったらZARDの坂井泉水さんを挙げる方も多いと思います。次から次にミリオンヒットを記録する、坂井泉水さんの曲は素晴らしい物でしたよね。そんな坂井泉水さんは2007年に残念ながら死去されてしまいます。

元々、メディアにほとんど露出しないことで有名だった坂井泉水さん。内面や性格について、謎に包まれていました。今回は当時の関係者の方々の証言やエピソードも交えて、その性格について振り返ってみたいと思います。

坂井泉水さんの性格: 高校時代の友達からの証言

まずは坂井泉水さんの高校時代の友達からの証言です。もう何年も前のことなのに詳しく性格について語ってくれているようです。それだけ、当時の坂井泉水さんの性格が印象的だったとのことなのでしょうか。

坂井泉水の高校時代は、控え目の性格だったようです。
控えめでマイペースな部分もありました。それがまた天然ボケのような感じでしたね。

ニックネームは本名からとって「サッチ」と呼んでいたそうです。

外見通り、坂井泉水さんは控えめな性格だったようです。
それに加えて天然ボケ+マイペースとのことです。
確かに坂井泉水さんって独特の雰囲気がありましたね。

「そして僕は途方に暮れる」これは大沢誉志幸の曲です。坂井泉水はこの曲が好きで、
授業中に良くこの歌の詩をノートに書いていたようです。

夢中で書いていたこともあったそうで、先生によく叱られていたようです。

坂井泉水さんは元々、歌手になりたい願望が強かったようです。
当時のエピソードを見ると性格や内面が見れて、微笑ましいですね。
マイペース・天然ボケといった性格も表れています。

性格と共に外見に関するエピソードも・・・

性格については控えめな坂井泉水さん。しかし、外見も整っていた為にこんなエピソードもあったようです。

坂井泉水さん、当時から硬式テニス部に所属しています。
その外見から構内のミスコンで優勝しています。

上記の性格に加えこの整った顔立ちですから、他校の男子学生がのぞきに来たりして、
坂井泉水の評判が広がります。

男子生徒の気持ちも分かるような気がします。

その一方、恋愛面では上手くいかない一面もあったようです。

高校一年の時伊藤英明に煮た先輩に告白した坂井泉水。しかしフラれてしまったそうです。ミスコンで優勝するぐらいの美貌があっても、恋愛面では挫折の経験があったようです。

当時は「サッチをフッたなんて信じられない」と女子生徒からブーイングがあったようです。彼女自身はショックを受けていたようで、当時の性格が見受けられますね。

元彼が語る坂井泉水は

坂井泉水の歌詞で「海岸沿い」「二人で夢見たあの頃」というメッセージ性のあるか部分があります。

海岸沿いのアパートで暮らしていたという元彼は、坂井泉水の性格について語っています。

悪の僕を変えてくれた

知り合った頃の元彼は、いろいろとやんちゃな性格だったようです。そんな彼を、
坂井泉水は更生させたと言うことです。

荒んだ心を癒してくれる、ピュアな正確な女性だったと語っています。本当に惜しい人を亡くしてしまったと感じているようです。

彼女はまっすぐに生きた人でした

元彼が公表した「僕だけがまだ生きてる、その意味を君が僕に教えてよ」は、坂井泉水への追悼本だと言われています。ハッキリと坂井泉水という固有名詞が出てくるわけではないのですが、世間一般では追悼本と言われているようです。

その中で、本当に彼女はまっすぐに生きた人でした。ひたむきで飾らずに生きた彼女の生き方は、多くの方を励まし魅了しました。と語っています。

坂井泉水が流した1度だけの涙

坂井泉水は1度だけ悔し涙を流したそうです。

どんなときに流したのか?どんな思いだったのか見てみましょう。

悔し涙の訳は

坂井泉水はZARDのボーカルをする前はレースクイーンやモデルなどをしていたと言われています。その事も自分のキャリアの一部だからと思っていたそうです。

しかしある週刊誌などで、事実とは違う報道がなされていたことが有り、それに対して悔し涙を流したと言うことです。

物静かで優しい話し方をする女性が、こらえきれずに流した涙に、その性格が表れていると思います。

ファンとの繋がりを大切に

坂井泉水はファンとの繋がりを大切にしていました。ほとんどメディアへの露出が少ない中で、ファンからのファンレターを大切にしていたようです。

自筆の温かく心のこもったファンレターを、丁寧に読んでいたそうです。初めてのツアーをしたときに、やっとファンの方の前に立つことが出来た!と呟いたと言われています。

本当に純粋で、心の優しい女性だったのですね。

坂井泉水さんの性格: 岡本夏生からの証言

坂井泉水さんは高校卒業後、神奈川県内の短大に進学。OL生活を経てキャンペーンガールとして芸能界入りをします。当時の仕事仲間だった岡本夏生からも、坂井泉水さんの性格に関するエピソードが語られています。

カラオケの想い出

当時はキャンペーンガールの仕事をしていたころ、高橋真理子の「for you…」を気持ちを込めて歌ったいました。普段は大人しいのに、歌うことには自信があったのでしょう。

やはり歌手になりたい気持ちが強かったんですね。それと同時に岡本夏生さんからも「おとなしい性格」という風に感じ取れたようです。

歌手になる目標のために持ち歩いていた大学ノートには、自作の詩をびっしりと書いていました。仕事の合間でも頑張っていた坂井泉水さんは、真面目な性格なようです。

恋愛面でも苦労?

学生時代にも恋愛関係で上手くいかなかった経験がある坂井泉水さん。その時は告白する側でしたがその逆パターンもあったようです。

坂井泉水はどうやら恋愛で困っている面があったようです。岡本夏生さんには、好きでもない男性に言い寄られて困ってると相談したと言うことです。

そこのことから、岡本さんは、この子は恋愛に苦労しそうな性格だなと思ったようです。しかしこの男性は、今で言うストーカーに近かったんでしょうか。

坂井泉水さんの性格: 音楽関係者の証言

本業の音楽関係者から見た、坂井泉水さんの性格はどうだったのでしょうか?性格については一貫した評価が多かったようです。

誠実・おごりなく前に進む性格の坂井泉水さん。ラジオ番組の制作者は、「イメージ通りの女性でした。人気が出るとおごりが見える人もいるのに、おごらずにひとつの質問にも、言葉を選びながら答えてくれました。と語っています。

質問されても良く考えてから発言するタイプの性格だったみたいですね。

映像制作者は、何気ない日常の風景と撮影するために、片隅にいて長時間カメラを回していました。1分程度の場面でも、20時間程度回したこともあるようです。

やはり本業の歌手活動には手を抜かない、ストイックな性格だったようです。
歌うことに関しては特に情熱的だったんですね。

仕事の合間にはこんな所も・・・

シドニーロケで日本人の新婚カップルが、坂井泉水に気がついたとき、サインをお願いされたそうです。彼女は「こんなときは、サインしていいんですよね?」と聞いてOKがでると嬉しそうにサインをしました。

控えめながらもファンを大事にする性格が出ていますよね。このように仕事先の関係者からも、その真面目な性格は好評だったようです。

アートディレクターが考える坂井泉水

ZARDのレコードジャケットなどを担当していたアートディレクターも坂井泉水の思い出を語っています。

どのような撮影現場の雰囲気だったのでしょう。

最後の言葉は電話での会話でした

病気を患っていた坂井泉水は、退院後のレコーディングの打ち合わせなどを電話でしたそうです。ジャケット撮影のことなどを話しているときに、「私、怖いんです」と漏らしたそうです。

不安や恐怖の中で戦っていたのでしょう、まだ彼女が亡くなったのは信じられません。とカメラマンは語っていますね。こんなに涙ってでるもんだなと言うくらい、泣きましたよ。

撮影はいつも自然体で

ジャケット撮影などは、いつも自然体でしたね。スッピンで自前の衣装を着て、そのままでも十分に美しかったですよ。キレイな顔立ちがなおいっそう彼女の美しさを際立ていました。

たぶん、カメラを向けられると緊張したのではないでしょうか。だからいつも自然体で撮影したかったのでしょう。

坂井泉水、マイペースだが本業にはストイックな性格だった

坂井泉水さんの性格エピソード、いかがでしたか?基本的にはマイペースだが、仕事のことになると手を抜かない性格だったようですね。

おとなしい性格ではあるが心の底は芯が強い、と周囲の大半から見られていたようです。
その他にも恋愛や学生時代のエピソード等、どれも坂井泉水さんを感じさせる物だったのではないでしょうか?

残念ながら2007年に死去された坂井泉水さん。
当時を思い出しつつ、懐かしい歌声を聴いてみてはいかがでしょうか。

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