【歴代の水戸黄門】5人それぞれ個性はバラバラ!どの黄門様がいい?

世界でも類を見ない日本の国民的長寿番組「水戸黄門」。これまで水戸黄門を演じた俳優は5人いるのですが、歴代の水戸黄門はみんなそれぞれ個性もバラバラ、魅力もさまざま。あなたはどの水戸黄門が記憶に残っていますか?歴代水戸黄門を振り返ってみましょう。

時代劇の代名詞「水戸黄門」

ドラマ「水戸黄門」

1969年放送を開始し長い間お茶の間に親しまれてきた時代劇「水戸黄門」。勧善懲悪のスカッとするストーリーはいつの時代も愛されてきました。2015年5月「月曜ゴールデン特別企画」として『水戸黄門スペシャル』が放送され、視聴者は3年半ぶりに「水戸黄門」を楽しむことができました。

1969年8月4日に『ナショナル劇場』枠で放送を開始し、2003年12月15日で放送1000回を迎えた。世界でも類を見ない長編TV番組である。

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2011年12月19日(最終回スペシャル)放送分で42年間続いたゴールデンタイムの水戸黄門が幕を閉じた。全1227回の平均視聴率22.2%。最高視聴率は1979年2月5日に記録した43.7%で、積木くずし最終回の45.3%に次いで民放ドラマ史上2番目の高さだった。

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2012年、ザテレビジョンドラマアカデミー賞より本シリーズの「42年の歴史」に対しザテレビジョン特別賞が贈られた。

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ストーリーは至って簡単

歴代のドラマ「水戸黄門」は時代を問わず毎回ほぼ同じ展開のストーリーです。弱い立場の人を虐げる悪いやつがいて、身分を隠している水戸黄門御一行が印籠を出して最後にそいつらをとっちめる。同じ展開なのですが、なぜか観ていて飽きない魅力がありました。

水戸光圀(水戸黄門)が家臣の佐々木助三郎(助さん)、渥美格之進(格さん)らとともに諸国漫遊の旅先で世直しをする。光圀の道中での名は石坂浩二シリーズを除くと「越後の縮緬問屋の隠居・光右衛門」であるが、越後国内では越後と同様に縮緬の産地として知られる「丹後の縮緬問屋」を称したり、京都または江戸の和菓子屋と称した事もある。身分は旅の町人であるが、供を複数連れ、服装も立派で人品卑しからぬ雰囲気を醸し出しているので、旅の先々ではそれなりに敬意を以て扱われ、単なる浮浪人といった扱いを受けることはない。 助さん、格さんは相手が真剣で立ち向かってきても素手で対応できる超人的な武道の達人という設定である。時には光圀も杖で真剣と渡り合うこともある。

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歴代の水戸黄門様

ドラマ「水戸黄門」歴代の黄門様は5人の俳優によって演じられてきました。あなたは歴代のうちどの水戸黄門が記憶に残っていますか?

【歴代の水戸黄門】高笑いを確立した初代

初代水戸黄門 東野英治郎

歴代水戸黄門の中でも絶大な人気を誇るのはやはり初代水戸黄門を演じた東野英治郎。第1部から第13部まで足かけ14年に渡って水戸黄門を演じました。歴代の水戸黄門が踏襲していくことになる高笑いを確立させたのは東野英治郎です。1994年9月8日心不全のため86歳で亡くなりました。

その中でも最も人気が高かったのが、十三部まで制作された東野英治郎主演の「初代水戸黄門」です。物語佳境の印籠披露、独特の高笑いなど後々まで続くスタイルを確立させ、第九部最終回がシリーズ最高視聴率43.7%という驚きの記録を達成する超人気時代劇となりました。

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水戸黄門役が定着していた頃、普段着の東野に土下座する老人もいたという。1976年(昭和51年)9月6日に出演した『徹子の部屋』で、「ありがたいやら困るやらで恐縮しどおし」と発言している。

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今では定番である水戸黄門の独特笑いを最初に確立させた東野ではあるが、当初は納得できる笑いが確立できずに苦悩し、周囲に当たり散らすこともあったため、見かねた息子の東野英心が付き人となって支えたという逸話がある。英心によれば、あの笑いを完成させるのに3年かかったという。

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水戸黄門と言えばこの笑い

歴代の水戸黄門を通して受け継がれているこの高笑い。水戸黄門=好々爺というイメージは初代水戸黄門・東野英治郎によって確立されたものなのです。

【歴代の水戸黄門】シティボーイ黄門と呼ばれた2代目

2代目水戸黄門 西村晃

第14部から第21部まで9年間に渡り水戸黄門を演じたのは西村晃。歴代水戸黄門の中でもどこか気品のある顔立ちで男前でした。1997年4月15日心不全のため74歳で亡くなりました。「四十七人の刺客」など数多くの映画に出演されていました。

1970年代以前の生まれの世代には、それまで「水戸黄門」の代名詞だった月形龍之介や東野英治郎に比して若々しいイメージから「シティボーイ黄門」と呼ばれ、一方、1970年代~1980年代前半の生まれには、「天下の副将軍」に相応しい上品な振る舞いから降板後に至るまで「水戸黄門」の代名詞として、それぞれ親しまれた。

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1992年長年連れ添った則子夫人が亡くなったショックもあり光圀役を降板、佐野浅夫にバトンタッチした。光圀役としての出演回数は283回である。最後の立ち回りのシーンは目が涙目になっていた。

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『炎立つ』の第1部では『水戸黄門』でも共演した里見浩太朗と共演している。撮影中の休憩時間、里見が西村に対して「ご隠居、江刺は初めてですか?」と声をかける場面もあったという。なお、里見は同作がNHKドラマ初出演となったのに対し、西村は最後の大河ドラマ出演作となった。

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戦前の学生時代より、新し物好きの父より与えられたローラースケートを始め、日本のローラースケーターのパイオニアの一人として藤山一郎らと並ぶ知名度を既に得ていた。

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歴代の水戸黄門達と比べてもそのダンディーさはピカイチ!戦前からローラースケートを嗜んでいたなんて只者ではありませんね。第二次世界大戦中は特攻隊員で一度出撃したものの、機体不良で基地に引き返しそのまま終戦を迎えています。機体不良が生じていなければ歴代水戸黄門の一人になっていなかったかもしれません。本当に良かった!

【歴代の水戸黄門】庶民派として親しまれた3代目

3代目水戸黄門 佐野浅夫

歴代の水戸黄門の中でも最も庶民的な雰囲気で親しまれたのが3代目の佐野浅夫。1993年放送開始の第22部から28部までに出演しました。童話作家としての活躍、また家業の青果商を継ぎ仲買業者の社長としての一面を持つなど、歴代水戸黄門の中でも異色の存在です。

1993年放送開始の『水戸黄門』第22部から3代目水戸光圀役として活躍。初代東野英治郎、2代目西村晃とは一味違う庶民的で優しい「泣き虫黄門」として親しまれた。京都太秦の撮影所では自転車を乗り回していた。光圀出演回数は246回である。なお、2代目助さん及び5代目光圀役の里見浩太朗(本名・佐野邦俊)とは親戚関係にある。

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1996年、勲四等瑞宝章を受章。1998年に長年連れ添った英子夫人に先立たれ、一時は芸能活動を休止したが、2000年2月に、21歳年下の育子夫人と再婚、意欲的に仕事に取り組んでいる。長男は大学教員、次男は競輪選手の川村晃司。

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NHKラジオの『お話でてこい』では、童話の朗読役として4000回を超える放送をこなした。また、創作童話の執筆にも取り組み、『せん爺さんの太鼓』などの著書がある。その功績をたたえ、2001年に広島大学からペスタロッチ教育賞を授与された。また俳優業の傍ら家業の青果商を継ぎ、現在は横浜市中央卸売市場にある仲買業者の社長でもある。

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確かに歴代の水戸黄門達と比べて庶民派。気さくそうな水戸黄門でした。 佐野浅夫は1925年8月13日生まれの現在90歳です。
過去にはあの「男はつらいよ」にも出演していたそうです。

【歴代の水戸黄門】4代目は2シーズンで降板のインテリ黄門

4代目水戸黄門 石坂浩二

2001年4月から9月放送の第29部、2002年1月から7月放送の第30部のたった2シーズンで降板となった4代目水戸黄門・石坂浩二。何かとこだわりの強い俳優・石坂浩二はより史実に近い水戸黄門を演じるため、歴代水戸黄門がトレードマークとしてきた髭、黄色の衣装をチェンジ。

石坂の「史実に基づいた光圀を演じたい」との意向により、トレードマークの白ひげがなくなった(ただし違和感があるとして論争が起こり、第29部最終話の終盤シーンからひげをつけるようになった)。

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光圀の旅衣装がこれまでの黄色と紫色ではなく地味になった。

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石坂浩二の水戸黄門は第29部と第30部で初めの第29部ではヒゲがなく、第30部ではヒゲをはやしていました。第29部最終回で藤井紋太夫刺殺事件が描かれ、それで光圀が引きこもってヒゲが生えたということのようでした。だから石坂黄門後半のだ30部ではヒゲが復活しているはずです。

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石坂本人の希望もあり、トレードマークであった長いヒゲを排し、衣装もマイナーチェンジ。"石坂黄門"色を前面に押し出したことで、旧来の視聴者の間に物議を醸したことは記憶に新しい。しかし、シリーズ30部からは局側の強い意向で、ヒゲをつけて登場。石坂と制作サイドの対立をうかがわせた。

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2002年5月直腸癌のため降板

石坂浩二は直腸癌が見つかり手術のため水戸黄門を降板しました。しかし歴代水戸黄門の中で最もゴタゴタが多かっただけに様々な憶測を呼びました。

石坂が体調不良で降板したため、第24話、第25話には光圀は登場しない。その他、格之進の登場しない第21話、石坂が脚本を書いた第19話など、シリーズ中異色エピソードの多い作品。

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石坂は直腸がんのために検査入院。入院中にテレビ局のインタビューに、「『水戸黄門』を続けるのはちょっと無理かな」との発言をして、里見浩太郎にバトンタッチされた。

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歴代の慣習を破った?

石坂浩二のこだわりが強いゆえ生んだ製作側との軋轢かと思いきや、歴代の俳優たちが守ってきた表立って言えない慣習を破ったからだという報道も。それは暴力団絡み。石坂浩二が暴力団の圧力に屈せず媚を売らなかったためだとか。もしそれが本当だったとしたら石坂浩二の決断は正しい!

直腸がんを摘出手術して退院後、石坂はマスコミのインタビューに完全回復をアピールしながら「面倒臭い仕事がなくなって爽快。撮影場所の京都が暑いと、ざまぁ見ろと思う」などと発言して周囲をドキッとさせた。石坂と親しい俳優は筆者に「まさか暴力団との関係が面倒臭いといえないでしょ」と語る。

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太秦にある東映京都撮影所は、暴力団のM組が裏で仕切っているという話は映画関係者の間では周知の事実だった。撮影所のスタッフも、M組に世話になっていたことから、主演を張る役者はM組に挨拶に行って、関係を保っていかないとスムーズに撮影が進まない。歴代の東映のスターはすべて、M組との関係を良好に築いてきたという。

 しかし、石坂は暴力団が嫌いなこともあって、あいさつに行かず、関係を拒否したという。石坂が「面倒臭い仕事」と言ったのは暴力団との交際だったのだ。

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【歴代の水戸黄門】歴代黄門中でただ一人助さん・格さんも演じた5代目

5代目水戸黄門 里見浩太朗

2002年10月第31部から2011年12月の第43部『最終回スペシャル』まで、そして2015年の2時間スペシャルで5代目水戸黄門を演じた里見浩太朗。なんと歴代キャストの中で助さん、格さん、水戸黄門を演じた唯一の俳優です。そのためドラマ「水戸黄門」への想い入れは半端ではありませんでした。

助さん、(デビュー初期の東映作品で)格さん、光圀の3役を演じた、2013年時点で唯一の俳優である。また、ゲスト出演での共演を含め、シリーズ歴代の助さん・格さん役全員との共演を果たしている。

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1971年11月29日からスタートしたナショナル劇場(現・パナソニック ドラマシアター)『水戸黄門』第3部(TBS、C.A.L)では杉良太郎に代わり、2代目助さんを演じ、第17部まで約16年間務めた後、あおい輝彦にバトンタッチした。

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。2011年12月19日の第43部『最終回スペシャル』をもって42年にわたるシリーズの終了が決定した際の記者会見では、「ズバッと後ろから斬られた感じ。残念というよりも、痛い。」と語っている。これにより、里見は同シリーズにおける最後の水戸光圀となった。光圀出演回数は267回である。

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ナショナル劇場『水戸黄門 (第22-28部)』で3代目水戸光圀役を演じた佐野浅夫とは親戚(又従兄弟)の関係にある。

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助さんだった頃

歴代水戸黄門の中でも、若かりし頃からずっとドラマ「水戸黄門」に関わり続けて来た唯一の人物。助さんだった頃にはいつか自分が水戸黄門に!なんて考えていたのでしょうか?気になります。

歴代水戸黄門はどれも素敵でした

「水戸黄門」よ永遠に

いつも同じ展開でマンネリ化してしまったとはいえ、あの安定感は日本人の心のよりどころでした。終わってしまうと寂しくて「水戸黄門観たいな~」と思ってしまう国民的ドラマでしたね。いつの日か復活する日は来るのか、楽しみに待ちましょう。