世界のミフネとまで言われた三船敏郎の晩年は落ちぶれたものだった

三船敏郎さんと言えば、世界のミフネとまで言われるほどの活躍ぶりで、三船敏郎を知らない人はいないというほどでしたが、三船敏郎さんの晩年は・・寂しくて落ちぶれたものと言われていたようです。晩年どんな風に過ごしていたのか、落ちぶれた晩年と栄光の日々を綴ります。

三船敏郎さんのプロフィールをご紹介☆晩年は・・

三船敏郎(みふねとしろう)

本名:三船 敏郎(みふねとしろう)
生年月日:1920年4月1日
没年月日:1997年12月24日(満77歳没)
出生地:中華民国・青島市
死没地:東京都三鷹市
国籍:日本
血液型:O型

著名な家族 三船史郎(長男)
三船武志(次男)
三船力也(孫)
三船美佳(女)

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三船敏郎さんの家族で芸能活動をしている著名人。
本妻と愛人・・複雑な夫婦関係は、晩年にも影響を与えています。
三船敏郎さんの晩年にそばで寄り添ったのはやっぱり・・・。
自分自身の生き様は晩年になって現れるのかもと思ってしまいます。

黒澤明とともに、敗戦で打ちひしがれていた日本が世界から尊敬されるきっかけを作った人物の一人とも言われる。

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三船敏郎と言えば、世界のみふねと言われるくらい有名ですが・・終戦後の頑張りがそうさせているんですね。ずっと第一線で頑張ってきた三船敏郎さん。その晩年も素晴らしいものかと思ったら・・寂しい晩年を迎えてしまったようで・・一生は晩年にならないとわからないですね。

ヴェネツィア国際映画祭 男優賞を2度受賞し、日本では世界のミフネと呼ばれた。

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ヴェネツィア国際映画祭で2度も男優賞を受賞しているなんて・・スゴイですよね。
本当にすごい人ですね。晩年も幸せに満ちたものだったのでしょうか・・

英語圏では、TheWolfやTheShogunなどと呼ばれた。

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英語圏でも愛称があるほどの有名人です。外国の有名な俳優さんの晩年はどういうものが多いのでしょうか。そして、その晩年は、三船敏郎さんにとって・・寂しいものだったようで・・・

三船敏郎が活躍してきた軌跡・・ 晩年を迎えた三船敏郎は?!

墨映画『価値ある男』、米映画『グラン・プリ』、『太平洋の地獄』、米ドラマ『将軍 SHOGUN』、仏映画『レッド・サン』などの出演もあり、日本が誇る国際スターのみならず、「国際的映画人」として世界中の映画関係者に影響を与え、尊敬された(⇒#世界のミフネ・#映画人の評価参照)世界的名優であり、アクションスターである。

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若いころの三船敏郎さんは、映画スターとして数々の作品に出演しています。
そして日本国内だけでなく海外でも・・・ これほどの大スターはもう生まれないかも?
バリバリと活躍していた頃は、自身の晩年のことなど考えもしていなかったことでしょう。

出演料収入も歴代の日本のスターの中で別格であり、2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・男優編」で日本男優の1位に選ばれた。

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映画への出演料収入も格別だったと言われている三船敏郎さん。
すごいですね!!そして晩年はどんな生活を送るのでしょうか。

経営する三船プロダクションは東京世田谷区に大手の映画会社に次ぐ規模のスタジオを所有し、「都内で唯一時代劇が撮影できるオープンセットを持つスタジオ」として各社に重宝がられた。多数の専属スタッフを抱える製作会社だったが、1979年に内紛騒動が起きたため1984年に撮影所を閉鎖、経営縮小を余儀なくされた。

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三船敏郎さん自身が、経営するプロダクションも順風満帆に経営されていましたが・・・
三船家の内紛騒動によって撮影所を閉鎖し、経営縮小となってしまう・・・。
少しずつ三船敏郎さんの晩年に陰りが・・。晩年を迎えて後悔しても。。

元俳優で映画プロデューサーの三船史郎は本妻(元女優の吉峰幸子)との、タレントの三船美佳は内縁の妻(女優の喜多川美佳)との間にもうけた子供。

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これだけの大物なので・・本妻だけでなく内縁の妻など、私生活は乱れていた?!
私生活の乱れはやっぱり晩年になってから現れます。

三船敏郎の栄典、称号がすごい!! しかし晩年は・・

栄典及び称号は、芸術選奨・勲三等瑞宝章・紫綬褒章・川喜多賞・芸術文化勲章・ロサンゼルス市名誉市民・カリフォルニア大学ロサンゼルス校名誉学位。
ブルーリボン賞歴代最多(6度)入賞者でもある。

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数々の栄典や称号を受賞している三船敏郎さん。
世界のミフネだけあって・・・ロサンゼルスやカルフォルニア大学など海外からの賞ももらっているようでスゴイですね。

京都国際映画祭では、国際的な活躍が期待される俳優におくる「三船敏郎賞」が定められている。

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三船敏郎賞というものがあるくらい・・・三船敏郎さんはスゴイ人でした。
晩年は、少し大変そうでしたが、その名は今も・・

三船敏郎 晩年は・・黒澤明と不仲だった?!

不仲という話ではありません。

出典:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

三船敏郎と黒澤明は、晩年、不仲だったという説がありますが・・・。
不仲というものではなかったようですね。

黒沢さんのおかげで、「世界のミフネ」となったわけですが、その後は自分つまり三船自身が俳優として成功する、あるいは成長していくことができなかったようです。

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不仲ではなく、黒澤明から離れて三船敏郎としての活躍が自分で思ったようにはできなかったというところが・・・複雑なものとなったようです。晩年になって振り返った時には、黒澤明があってこその自分自身だったということに気づいたようです。

黒沢あってのミフネという関係がよくわかっていなかったための悲劇だったと思います。

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人生色々なことがありますよね。

三船敏郎 晩年、奥さん・・そして家族は?!

「彼女「(母親の美佳)は三船プロの女優だったんだけど、糟糠の妻がいた三船敏郎と深い仲になり、三船を巡って本妻と別れる別れないのつばぜり合いを繰り返したのは有名な話。そのとき生まれたのが、娘の美佳。自分の女優としての芸名を娘の名前につけ、戸籍上は三船ではないのに三船を名乗らせていることからも分かる通り、彼女(母・美佳)はとても押しが強い。三船プロにも入り込み、その後内紛もあって、結果的に三船プロが縮小していくわけですが……

出典:http://www.nikkan-gendai.com

三船敏郎と本妻、内縁の妻との関係は、有名な話だったようですね。
三船美佳は、内縁の妻との間の子で、母である美佳は・・自分と娘のためにかなり無理をしたみたい。しかし・・・

晩年、精も根も尽き果てたように三船敏郎は落ちぶれ、あるイベントでは毛玉の目立つカーディガン姿で受付に座っているところを大勢に目撃されています。

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破天荒に役者として生きてきた三船敏郎さん。その晩年はおちぶれた・・と言われても仕方のない状態で・・

いよいよ介護が必要というときに、彼女とは疎遠になり、看病に戻ったのは本妻でした。

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三船敏郎の晩年は・・結局は本妻のところへ戻り・・介護をうけた後に他界と、何とも皮肉なものとなったようです。結局は、本妻のところへと戻る三船敏郎さん。
愛人だった美佳さんは、名誉と力のある三船敏郎さんだからこそ一緒にいたというだけなのかもしれませんね。それでも、受け入れた本妻はやっぱりスゴイなと思いました。

病気となって落ちぶれてしまったと周りに言われてしまった三船敏郎さんの晩年は辛く大変なものだったのでしょうか。ご本人しかわからないことですね。